ファスナー~ギフテッドエピソード~

ファスナー~ギフテッドエピソード~

閉店間際のスーパーの駐車場を閑散としている。辺りは真っ暗で街灯に照らされた木々の葉が揺れている。

マクドナルドで買ったコーヒーを車の中で飲みながら時間が過ぎるのを待つ。

小学生向けの塾は2月から新クラスが始まる。息子も今日から5年生のカリキュラムが始まるらしく、塾の終わり時間が9時になった。

真っ暗な車内で温かいコーヒーを口にする。仕事で疲れた身体を癒そうと椅子を倒そうと思ったが、息子の事が頭に過る。

自分が小学校の時は塾なんてなかった。当時も、どこかの都会にはあったのかもしれないが、自分が住んでいる田舎には塾がなかった。少なくともクラスの誰1人として塾に通っている奴は居なかった。時代の流れかもしれないが、昼間はランドセルを背負っている子供に夕方から夜遅くまで塾に通わせるのは違和感があった。罪悪感に似たような感情も少なからずある。そのせいか、私は椅子を倒すのはやめる。少し離れた教室で今も息子が勉強をしている、そう考えると寝る気にもならず、スマホでゲームをやる気にもならなかった。

9時少し前に塾のあるビルの一階に行く。いつものように、息子と同じクラスの女の子のお父さんが1人待っていた。その人がフロアの右側に立っていたので、私は自然とフロアの左端に立ち、時計を見上げた。

先に降りて来たのは女の子の方で待っていたお父さんと一緒にビルを出て行った。

何人かが降りて来てビルを出ていく。

中々、友人が出来なかった息子だが、最近は塾で気の合う子が出来てみたいでその子と楽しそうに会話がしてくるのが恒例だった。でも今日からはその子は別のクラスに通うようになり、通う曜日も変わってしまった。

トントン、トン、トン。一定なリズムではない不自然な足音がする。その音を聞いて息子だと分かる。階段を降りてくる足音は寂しそうに聞こえた。

足音が近づくと、はっきり足音が変わった。一定のリズムで音のが大きくなり、楽し気な足音に変化した。

「パパー。」明るい声が響く。

「お疲れー。」と、返すと、息子が駆け寄って手を繋いでくる。

そしていつものように楽しそうに会話を始める。他愛もない、下らない、どうでも良い話を、何の脈絡もない妄想を語ってくる。

「世界のお巡りさんの敬礼のポーズがイヤミのシェーのポーズだったら面白いと思うんだ。警察が100人集まって、上官の敬礼って言う号令に全員がシェーってするんだよ、面白いよね。キャハハ。」

私は何が面白いのか分からなかったので適当に話を流して返事をするのがが、息子は意も介さずに、いつもでも喜々として下らない妄想話を話していた。

私は車を運転しながら映画ライフイズビューティフルのシーンを思い出していた。ナチスに捕らわれたユダヤ人の親子がいて最後のシーンで父親は処刑場へと向かう。トボトボと歩いていた父親だけど、息子が見ている事に気付くと楽しそうにユニークに行進していく。それを見た息子が何も知らずに笑うシーン。

息子が塾が終わって階段を降りてくる足音が変わった事が、その映画のシーンと重なって見えた。

立体駐車場に車を降ろしている時も、息子は楽しそうに喜々とした表情で、イヤミの話を語っていた。いつもでも飽きずに語っている姿を見て私も思わず笑った。

 

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